物語の世界を共有する中での楽しみのひとつに、自分たちだけに通じる言葉が生まれるというのがある。3日前に読み終えた『トム・ソーヤーの冒険』でも、そうだった。
決して憎めないいたずらを繰り返し、自由にのびのびと少年でいることを楽しんでいるトムを見ていると、うらやましさでいっぱいになる。そしてまた当時のアメリカは平和でいい時代だったのだなあとも思う。
この物語には悪党らしい悪党、インジャン・ジョーが登場する。彼が墓荒らしの場面で、医者をナイフで刺してしまい、仲間に加わっていたポッターじいさんが酒に酔ってのびていたのをいいことに、血のついたナイフを握らせ殺人の罪をきせてしまう。
それを見ていたのはトムとハックと、そして読んでいる私と子どもたちだけ。
目をさましたポッターじいさんにインジャン・ジョーが言うひとこと。
「えれえことをやったな、おめえ。なんでこんなことをしでかしたんだ」
これにはうちの子どもたち、ものすごい反応を見せた。
「って、おまえやろ。やったのは」
「ずっるー。自分でやっといて」
「えれえことって何よ、何」
「ちゃんと知ってんねでー」
それ以来、ことあるごとに(たとえば息子が耳垢をためすぎて耳鼻科へ行くように学校から紙をもらってきたときや娘が夜遅くまで宿題するのを忘れていたときなど)、私は決めのセリフを口にする。
「おめえ、えれえことをやっちまったなあ」と。
そこでみんなしてニヤニヤ笑う。
もちろん私が食パンをほんのちょっぴり焦がしてしまったときにも、子どもたちからそっくり同じセリフが飛んでくる。
「おめえ、えれえことをやっちまったなあ」と。
生活の中で誰かがちょっとしたヘマをすると、やったほうは「あ、言われる!」と身構え、見ていたほうは「今やっ、言えるぞ、あのセリフ!」とニヤリとする。
わがやは今、こんなことをして遊んでいる。自分たちだけにわかる、秘密の合言葉みたいなもの。物語はこんなふうにも楽しめるのだ。